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2019/07/10

頼れる『かかりつけ医』という幻想

毎日新聞  医療プレミア から 【技量も経験も無い 「かかりつけ医」 という幻想】(小野沢 滋さん   みその生活支援クリニック院長)をお伝え致します。

 

「かかりつけ医を持ちましょう!」

こんな言葉を聞いたことがあると思います。厚生労働省や医師会は、かかりつけ医を持つことを推進しています。実際、医師会の調査では、半数以上の人が「かかりつけ医がいる」と答えました。この文章を読んでいるあなたも「私にはかかりつけ医がいるから安心」と思っているかもしれません。では、あなたの「かかりつけ医」は、いざという時に本当に役に立ってくれるのでしょうか。私の体験と現状への不安をお伝えします。

 

「先生、かかりつけ医の先生が訪問看護指示書を書いてくれなくて困っているんです」――。ある日の午後6時過ぎ、いつも仕事をお願いしている訪問看護ステーションの看護師長から電話がかかってきました。丁寧な看護で信頼できる看護師さんです。事情を聞くと以下の内容でした。

患者は87歳の認知症男性で、腎臓がんを患っていました。具合が悪くなって大学病院に入院しましたが、病院はがん進行ではなく、経口摂取が進まないことによる脱水だろうと見立て、水分補給をして退院させました。そして、男性のかかりつけ医あてに紹介状を出しました。

紹介状を持った男性は訪問看護指示書を医師に書いてもらうため、ケアマネジャー、家族と一緒にかかりつけ医のクリニックを受診しました。ところが診察室で紹介状は受け取ってくれたものの、医師は大学病院退院について小言を言い、その後会計で待っていたときに、病院事務の人に「在宅医が必要だからうちではもう診療できません。紹介状も受け取れません。在宅医を探して診てもらってください」と言われたのです。

一方からの情報なので真相は分かりませんが、少なくとも患者は、かかりつけだと思っていた医師に診療を断られ、訪問看護指示書も書いてもらえない状態になったと受け止めたことは明らかです。

 

 

患者の自宅を訪れて体の状態を確認する訪問看護師
患者の自宅を訪れて体の状態を確認する訪問看護師

 

訪問看護指示書とは、在宅で看護を受ける場合に必要な書類で、主治医が訪問看護ステーションあてに発行します。指示書がないと看護師は患者の家を訪問できません。そのため男性は退院後2週間以上たっても訪問看護を受けられない状態が続きました。男性がかかりつけ医だと思っていても、医師はそう思っていなかったとしか考えられません。

 

 

かかりつけ医としての経験も技量もない医師

なぜこのようなことが起こるのでしょうか。

昨年8月、当欄に掲載した「アルバイト医師が回す『在宅医療クリニック』の闇」で、在宅医、訪問診療の質が必ずしも高くない状況を紹介しました。

実は、日本は医師の開業がとても自由な国の一つです。専門が外科であろうと麻酔科であろうと、内科を名乗って開業し、診療する事が可能です。もちろん、かかりつけ医のなんたるかの研修を受け、開業する医師はほとんどいません。

ずっと心臓外科で心臓手術ばかりをしていた医師が、ある日突然内科で開業し、糖尿病や高血圧を診察する事も、ずっと皮膚科だった医師が在宅医療の看板を掲げ、開業する事ももちろん可能です。そして残念な事に、患者さんたちには、開業医が元々どんな研修を受けてそこにいるのかを知るすべがありません。

 

先の男性患者の「かかりつけ医」は、家族ぐるみの主治医にという看板を掲げながら、要介護になった患者をどう扱ってよいのか全く分からなかったのだと、私は想像しています。これは決して珍しいことではありません。開業医のうち、少なくない数の医師は、要介護になった患者さんや、胃ろうを作った後の患者さんをどうケアし、診療すればいいのか、聞きかじりレベルの知識しか持っていないのが現状です。

それでは他の国の状況はどうでしょうか。

 

 

欧州では一般医になるために研修が必要

少し古いですが、厚労省がまとめた、ヨーロッパ各国のかかりつけ医制度の資料を紹介します。

各国のかかりつけ医制度について

ヨーロッパではそもそも、すべての病気や人を診る一般医は明確に専門医と区別されています。開業してかかりつけ医になるためには、一般医の研修を年単位で受ける必要があります。そして多くの場合、開業医には権利があると同時に、開業している地域の人をきちんと診療する義務が課されます。子供から高齢者まで一通りのプライマリケアを行う事が彼らのプロフェッションであり、義務ですから、寝たきり老人の初期対応をどうしたらいいのか分からない、という事態は起き得ません。

 

自宅療養の患者に薬の説明をする医師
自宅療養の患者に薬の説明をする医師

 

日本のかかりつけ医は制度上、専門医と区別がありません。「かかりつけ医を持ちましょう」と厚労省や医師会が旗を振っても、心臓手術しか経験のない外科医が、風邪や高血圧、糖尿病や寝たきり老人のケアをする一般医として開業する際に、数年間の研修を義務化するといった自律的な取り組みはありません。

例えば、東京都医師会のホームページには、かかりつけ医を持つ利点として次の項目が掲げられています。

(1)近くにいる(2)どんな病気でも診る(3)いつでも診る(4)病状を説明する(5)必要なときにふさわしい医師を紹介する

しかし、(1)以外の項目が十分に機能しているクリニックがどのぐらいあるでしょうか。特に(3)がうたう「いつでもかかれる体制」はほぼ実現されていません。夜電話が通じるクリニックはほとんどなく、休日も同様です。

 

津市が全戸配布する「在宅医療・介護あんしんブック」=2019年1月21日、田中功一撮影

津市が全戸配布する「在宅医療・介護あんしんブック」=2019年1月21日、田中功一撮影

 

 

ホームページはこうも説明しています。

「病気は24時間365日、いつでもどこでも発生します。『かかりつけ医』を基点に、地域医療機関との連携により、『いつでも、どこでも、誰にでも適切な医療を受ける』ことが可能となります」

広告を審査する機関に訴えられても文句を言えないレベルではないでしょうか。訪問看護を断られた男性患者は、最も実行しやすい(5)の機能、つまり他の医師への紹介すらしてもらえませんでした。

 

 

 

 

 

家庭医としての研修を受ける良心的な医師も

一部の心ある医師は、家庭医、在宅医を開業する前に1年もしくは数年、自分の意思で研修を受けます。家庭医になる3年間の研修のため、専門医を辞め、収入が激減することもいとわず、私が長く勤めていた「亀田総合病院」(千葉県鴨川市)の家庭医研修に身を投じた良心的な医師を、何人も見てきました。

彼らは小児科、内科、産婦人科の外来診療をはじめ、眼科や耳鼻科など一通りのプライマリケアと、在宅医療や緩和医療など終末期医療の研修を幅広く受けます。さらに禁煙指導や予防接種、周辺住民への健康レクチャーの方法も学びます。家族のかかりつけ医としての総合的機能を身に着け、開業するのです。

しかし、このような研修を受けた医師はごく少数。実際には、日本の「かかりつけ医」は場合によっては、患者さん一人一人の心の中にいるだけなのです。「私のかかりつけ医はこの先生だ」と思っていても、医師はそう思っておらず、知識と技量を持っていない可能性が少なからずあるのです。

 

 

在宅医療をテーマに話し合われた大阪府医師会の公開討論会=大阪市天王寺区の府医師会館で2016年10月

在宅医療をテーマに話し合われた大阪府医師会の公開討論会=大阪市天王寺区の府医師会館で2016年10月

 

 

頼れる 「かかりつけ医」 か質問しましょう

あなたがかかりつけ医として頼りたい医師が、いざという時に頼りになるかどうかを確かめたければ、次のような質問をしてみてください。

「私が年を取って口から物を食べられなくなったら、どんな方法がありますか」

「もし私ががんで治療不可能になったら、ホスピスや在宅医を紹介してくれますか」

「自宅で最期を迎えたいのですが、どんな準備をしておけばいいですか」

心ある医師は親身になって答えてくれるはずです。たとえ自分が診療できなくても、あなたが困らないようにさまざまな手を尽くしてくれるはずです。もし全く相談に乗ってくれなかったら、他の医師を探すべきです。残念ながらその医師を「かかりつけ医」と思っていても、それはあなたの幻想なのですから。

 

 

小野沢滋さん   みその生活支援クリニック院長

おのざわ  しげる  さん 1963年相模原市生まれ。90年東京慈恵会医科大学医学部卒業。在宅医療をライフワークにしようと、同年から亀田総合病院(千葉県鴨川市)に在籍し、99年同病院の地域医療支援部長に就任。22年間、同病院で在宅医療を中心に緩和医療や高齢者医療に携わってきた。2012年に北里大学病院患者支援センター部副部長を経て、13年に同トータルサポートセンター長に就任。同病院の入院患者に対して、退院から在宅医療へスムーズに移行できるよう支援してきた。16年相模原市内で在宅医療専門の「みその生活支援クリニック」を開設。亀田総合病院在宅医療部顧問。日本在宅医学会認定専門医。プライマリケア連合学会認定医、日本緩和医療学会暫定指導医。日本在宅医学会前理事。日本医療社会福祉協会理事。一般法人社団エンドライフケア協会理事。相模原町田医療介護圏インフラ整備コンソーシアム代表。

 

 

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